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男鹿市では、地区毎にきめ細やかな後援会作りをして頂いている。
加茂青砂地区は男鹿半島の西海岸、加茂村と青砂村でできたその名の通り、そして写真の通り誠に美しい地区である。
安土桃山時代の記録にも残ると聞く歴史ある地区だが、昭和58年の日本海中部地震では、津波によって小学生13人が亡くなるという、私たちも今なお忘れられない悲しい記憶も抱えて今に至っている。
昨夏の選挙の時、秋田県全県をまわるスケジュールの中で、集落の隅々まで網羅できず、歯がゆく申し訳ない気持ちで一杯だったが、この度地区の皆さんからこんなに早く会を立ち上げて頂き、本当に有難かった。




*男鹿市加茂青砂地区後援会設立総会
2008年 4月 26日
「自民党」と言えば、最近もっぱら評判が芳しくなく守勢の一方のように思えるが、戦後の日本をここまで引っ張ってきたのも、国民の不断の努力とともに、政権政党たる自民党が安定した政治を行ってきたからという一面は、客観的に見て否定できないと思う。
その自民党を地域の根本で支えてこられたのが、各市町村毎の『支部』である。
世間の風当たりが強い中ではあるが、来し方を振り返り、正すべきところは正し、是非とももう一度元気な日本をつくるための、その使命をともに再確認した。

*自民党大館支部通常総会

*自民党比内支部大会
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*4月26日 自民党秋田市支部大会
2008年 4月 25日
「電気を届けるのは人に明かりを与える大事な仕事なんだよ」
作業着姿の父の背中を思い出す。水力発電所で働く父の言葉。
水路につまった流木や枝を拾い集める作業を手伝った子ども時代。
「公的な仕事」に憧れをいだくようになった原点だ。
父は、最初の選挙の時、自転車に乗って本当に地道に一生懸命応援してくれた。まさか自分の息子が政治家を志すとは想像もしなかっただろうに。
天国に旅立ったのは平成8年12月の年末予算編成。
一番忙しい時期で十分な「さよなら」も言うことが出来なかった。
電友会とは東北電力社員OB皆様の会。
父のような方々に会うことができて感無量だった。
『艱難辛苦、汝を玉にす』
父の座右の銘だった。生きていたら背を向けたままそっとつぶやくだろう。自分の経験を私に言い聞かすように。

参照:2007年1月 かつとしコラム「勝年」
→http://www.kaneda-k.com/column/co2007_01.html
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*4月24日 能代電友会
2008年 4月 24日
地域の集まりには、地域の歴史がつまっている。
そして、そこから歴史やしきたりが伝承される。
日曜日、北秋田市森吉地区の根田森集会所へ。その後、同市阿仁地区の河川公園での植樹祭の集まりにもお顔だし。
午後からは、大館市田代地区ライオンズクラブ30周年記念式典、
北秋田美容組合創立50周年祝賀パーティーに出席させて頂いた。
現役時代顔負けのなかなかハードな一日だったが、それぞれ誠に意義深い集まりだった。


*北秋田市森吉 根田森地区集会所

*北秋田市 阿仁河川公園

*田代ライオンズクラブ30周年記念式典

*北秋田美容組合創立50周年祝賀パーティー
2008年 4月 23日
秋田市で、私を応援してくれる方々が励ます会を開いてくれた。
急な流れで、今年の正月から2区に居を構えご無沙汰ばかりだったのに、たくさんの皆様からたくさんの励ましに夫婦そろって感激、大きな力を頂いた。
「すべては秋田のために」
一刻も早く、全力で働きご恩返しできる日を夢見て、今日もまた走り始める。




2008年 4月 22日
東北、北国にも花の便りが届きました。
まさに桜花爛漫。
待っていた美しい春を謳歌しよう。

*大館市 桂城公園

*能代市 能代公園


*八峰町 山村広場

*井川町 日本国花苑

*五城目町 雀館公園

*五城目城から・・・

*北秋田市 中央公園
2008年 4月 21日
秋田県の日本海側、青森県との県境にある八峰町で、企業の研究会に参加させて頂いた。
こう見てみると、青森・山形・岩手との県境、山側・海側、改めて秋田県は広いなあと思う。


2008年 4月 19日
平成18年に国登録有形文化財に指定された、
鹿角市花輪の旧関善酒店を訪ねた。
木造吹き抜けの圧巻、障子の繊細かつ力強いつくり。
コタツに入っておしゃべりしながら、江戸から明治の栄華に思いを馳せた。



*4月8日
2008年 4月 18日
今度は鹿角市花輪地区の朝市へ。
だいぶ慣れてきて、照れずにたくさんの人と話を。





*4月8日
2008年 4月 17日
雪国に住んでいるものには、近年当然のこととなった防雪柵。
夏場に来る観光客には、何だろうと思う人も多いようだ。
地吹雪の中運転するには不可欠の防雪柵。
下から吹き上げる雪をどう説明すればよいだろうか。
上小阿仁村で、その防雪柵を作る工場を訪ねた。
雇用の場を提供するとともに、われわれの日々の安全に貢献する、地域にとって大事な工場だ。

*4月7日
2008年 4月 16日
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